ゆうゆう自適。
つらつら、まったり。つれづれ(不定期)雑記帳。海風薫るロストックから伯林、そして再び東京へ。再びドイツへ「帰る」日を夢見て、今日も今日とてしゅぎょう中。
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タイトルはノリで。
スカンジナビア航空(SAS、日本オフィス)に電話をかけて、復路便の変更をお願いしました。
日本時間で営業09:30~17:00って、なかなかキビシイ。冬は時差8時間だから、夜遅くまで起きているか、朝早く起きるかするしかない。
今朝、早めに起きてスカイプをかけたものの、営業終了間近だったために一向に電話がつながらなかった。なので、夜更かしして「朝イチ」を狙ってみることに。
で、深夜。
今度は電話はつながったけれど、電波状況がよろしくなかったようで、先方の声がとぎれとぎれになっていた。
選択肢のうちのどちらか(帰国日/変更料金支払い方法)が必ず聴き取れなくて、いちいち訊き返すのも面倒だったので「ああもうそれでいいです」となげやりになる自分。(まあ、察しがついたので問題はなかったけれど)
最大の難関は「メールアドレスのスペリング」で、こっちの声が相手に届かず、何度も何度も確認するはめに。
しかも、わたしがうっかりドメインを間違えて伝えてしまったため(肝心なときにいっつも間違える)、再度、スカイプをかけ直す事態に……うあああ。
ばたばたしましたが、帰国日は3月23日ベルリン発、翌24日成田着になりました。
残りあと2カ月ちょっと。ばりばりがんばらなければ。
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トルコ系ドイツ人の監督、Fatih Akinの作品。
邦題「愛より強く」。
Fatih Akinの映画、いいよ!と、先輩・後輩に勧められ続けて数年、ようやく観ることができました。
どの作品もすごい人気で、なかなかレンタルできない。このGegen die Wandを借りられたことのほうがめずらしい。
壁に向かって車を走らせ、自殺を図ったトルコ系ドイツ人の男性・ジャイドは、収容された先の病院で同じくトルコ系ドイツ人の女性・シベルと出会う。トルコの伝統を重んじる家族から逃れるため、ジャイドに偽装結婚を持ちかけるシベル。自ら命を断ちかねない彼女を救うため、しぶしぶ承諾するジャイド……。
ふたりの距離が少しずつ縮まっていくとともに、破滅の歯車が回りはじめる――。
ドイツ/トルコの二極――
トルコ系ドイツ人たちの生き方、生活、
「ドイツ人として生きるということ」
「トルコのルーツを忘れないということ」
ドイツで生きるということ、
トルコで生きるということ、
板挟みになりながらも前に進もうとする、登場人物たち。
あらゆる意味で、衝撃的な映画でした。
音楽の使いかた、カメラワーク、映像のカット。
ストーリーも含めて、ものすごく引きつける作品だと思った。画面から、目が離せない。
ドイツ語とトルコ語、両方のことばでストーリーが展開するのもおもしろい。
トルコ語もまた、わたしにとっては未知の言語。「日本語と構造が似ている」と聞いたことがあるけれど、ぼんやり聞いているだけではさっぱりわからない。
トルコ系ドイツ人たちの生きる、ドイツとトルコ、その狭間――
未だ見たことのない場所を、垣間見たような気がした。
もちろん、これはフィクションです。それでも、今まで知らなかった世界が少し、拓けたような気がした。
トルコ系ドイツ人のこと、
トルコの伝統のこと、
長らくドイツで、彼らと一緒に暮らしていたのに、なにも知らない。
うー、一学期間、「トルコの歴史」は勉強したはずなのにな。
身近なはずなのに、今の自分からはどこまでも距離が遠い。
もっと、知りたい。
他の作品も観たくなってきた。
もっと早くに観ればよかったなあ。
Gegen die Wandは、3部作の第1作目。
2作目は、Auf der anderen Seite。やはりドイツ/トルコの狭間を生きる人々を描いた作品のようです。
機会があったら、これも借りて観よう!
邦題「愛より強く」。
Fatih Akinの映画、いいよ!と、先輩・後輩に勧められ続けて数年、ようやく観ることができました。
どの作品もすごい人気で、なかなかレンタルできない。このGegen die Wandを借りられたことのほうがめずらしい。
壁に向かって車を走らせ、自殺を図ったトルコ系ドイツ人の男性・ジャイドは、収容された先の病院で同じくトルコ系ドイツ人の女性・シベルと出会う。トルコの伝統を重んじる家族から逃れるため、ジャイドに偽装結婚を持ちかけるシベル。自ら命を断ちかねない彼女を救うため、しぶしぶ承諾するジャイド……。
ふたりの距離が少しずつ縮まっていくとともに、破滅の歯車が回りはじめる――。
ドイツ/トルコの二極――
トルコ系ドイツ人たちの生き方、生活、
「ドイツ人として生きるということ」
「トルコのルーツを忘れないということ」
ドイツで生きるということ、
トルコで生きるということ、
板挟みになりながらも前に進もうとする、登場人物たち。
あらゆる意味で、衝撃的な映画でした。
音楽の使いかた、カメラワーク、映像のカット。
ストーリーも含めて、ものすごく引きつける作品だと思った。画面から、目が離せない。
ドイツ語とトルコ語、両方のことばでストーリーが展開するのもおもしろい。
トルコ語もまた、わたしにとっては未知の言語。「日本語と構造が似ている」と聞いたことがあるけれど、ぼんやり聞いているだけではさっぱりわからない。
トルコ系ドイツ人たちの生きる、ドイツとトルコ、その狭間――
未だ見たことのない場所を、垣間見たような気がした。
もちろん、これはフィクションです。それでも、今まで知らなかった世界が少し、拓けたような気がした。
トルコ系ドイツ人のこと、
トルコの伝統のこと、
長らくドイツで、彼らと一緒に暮らしていたのに、なにも知らない。
うー、一学期間、「トルコの歴史」は勉強したはずなのにな。
身近なはずなのに、今の自分からはどこまでも距離が遠い。
もっと、知りたい。
他の作品も観たくなってきた。
もっと早くに観ればよかったなあ。
Gegen die Wandは、3部作の第1作目。
2作目は、Auf der anderen Seite。やはりドイツ/トルコの狭間を生きる人々を描いた作品のようです。
機会があったら、これも借りて観よう!
3日間お世話になった仲間に別れを告げ、いざ、ベルリンへ。
ロストックもベルリンも、ともに「帰る場所」。住居があろうとなかろうと、変わりはないね。
さて、今、帰りの電車の中でこの記事を書いているのですが、
ま さ か の S バ ー ン 乗 車 !!
前代未聞。
Sバーンの車輌で、メクレンブルク/ブランデンブルクを駆け抜けるつもりらしい。
そして、ほぼ同時刻に発射したRE(快速電車)よりも早くベルリンに着くつもりらしい。(ルートはどうやらREとほぼ同じ、停車駅がひと駅少ない分だけ、こっちのほうが早い模様)
「日曜日のみの運行」
「ヴァルネミュンデ発」
のことばに見事にだまされた!ホリデー電車の類じゃないのか!
ヴァルネミュンデ駅はSバーンとICE(ドイツの新幹線)しか停車しないし、おかしいとは思っていた。そして、たぶん1月にヴァルネミュンデでホリデーする輩はいない。
通常ダイヤのREより15分早くベルリンに着く、と謳っていたので、仕方なく乗車したけれど、同じ運賃払うんだったら綺麗で乗り心地のいいRE(ロストック発着のREは最新車輌を採用)のほうがいいに決まっている。しょんぼり。
「だまされてるんじゃないだろうか」と、思わず駅員さんに「この電車、ベルリン中央駅まで本当に乗り換えなしで行けるんですか?」と訊いてしまった。(もちろんですよ、という答えが返ってきたけれど、実はまだ半信半疑)
いやだって、ついさっき、ロストックの仲間に「この前ベルリンからロストックに帰る途中、Neustrelitzで突然下ろされて、Sバーンに乗り換えさせられた」ってはなしを聞いたばかりなんだもん!
本当にベルリンまで帰れるのか。
メクレンブルクの境目あたりが、勝負です。
経過報告は、「つづき読む?」にて。
集中ゼミ、終了。
いろいろと力不足を痛感させられた3日間だったけれど(もとより発言数が多いほうではないことは認めるけれど、ここまで「なにも言うことがない。」という状況に身を置いたことは未だかつてない!)、モチベーションをあげるきっかけにはなりました。
……真剣に、バルトとかフーコーとか読みなおそう……。
……真剣に、バルトとかフーコーとか読みなおそう……。
簡単な総括。
今回は「部外者」なので、文句をいう立場にはまったくないんだけれど、せっかく読んだんだから、ある程度テクストに沿って議論を展開してほしかった……。部分的にでも精読、とか。議論を聴いていても、ふわふわした感じしか残っていない。
身もふたもないはなしになるけれど、WIKIPEDIAに載っているあらすじを覚えたほうが、テクスト拾い読みするよりも議論に参加しやすい。わたしみたいに「中途半端に半分だけ読んだ」という状態では、まったく太刀打ちできない。
身もふたもないはなしになるけれど、WIKIPEDIAに載っているあらすじを覚えたほうが、テクスト拾い読みするよりも議論に参加しやすい。わたしみたいに「中途半端に半分だけ読んだ」という状態では、まったく太刀打ちできない。
理論について論じるのは結構なんだけれど、「理論の実用については懐疑的」として、特に具体例を挙げなかったのが不満。なんだろう、一応ゲルマニスティークの枠組みで設けたBlockseminarなんだから、「文学理論」にも着目してほしかったな。
文学研究に携わる身としては、「ツール」としての文学理論にも関心があっただけに、残念。
うーん、この辺は復習も兼ねて、自分への宿題にしたいと思います。
文字通りブドウ糖漬けになっていた3日間だったけれど、とてもよい刺激を受けました。
指導教官に「1月末にまた来るから面談して!」と勢いで言ってしまったので、もう後には引けない。
きちんと研究計画を練って、2週間後に再びロストックに参上したいと思います。次は日帰りで。
文字通りブドウ糖漬けになっていた3日間だったけれど、とてもよい刺激を受けました。
指導教官に「1月末にまた来るから面談して!」と勢いで言ってしまったので、もう後には引けない。
きちんと研究計画を練って、2週間後に再びロストックに参上したいと思います。次は日帰りで。
テクストを準備していない状態で、文学理論のゼミに出席するのは、あまりに不毛すぎる。
論文を半分ほど読んでいたとしても、(このゼミでは)意味がない。
問われるのも、議論の対象になるのも、テクストのエッセンス。本文の精読が行われる気配もない。(バルトのテクストに出てくる具体例についてくらい、言及してよ!と"silent lips"で叫ぶしかない)
ドイツ語で文学理論の勉強をしたことはないので(独学でちょっと入門書を読んだ程度)、学ぶことはたくさんあるけれど、「隅っこに座って気配を消す」以外になにもできない自分が情けない。うあぁ。
講師のほうも「あぁ残念な子なのね」と察したのか、名指しすらされないというまことに残念すぎる展開。(テクスト未読で発言できることがあるならとっくにしてるさ!)
じっとじっと、がまんの子……。
じっとじっと、がまんの子……。
かれんだー
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りんく
かてごり
最新とらっくばっく
ぷろふぃーる
YuN
ドイツ生まれ、ドイツ育ちの「なんとなく日本人」。根っからのラインラントっこ。
日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。
深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。
2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。
ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。
日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。
深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。
2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。
ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。

