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ゆうゆう自適。

つらつら、まったり。つれづれ(不定期)雑記帳。海風薫るロストックから伯林、そして再び東京へ。再びドイツへ「帰る」日を夢見て、今日も今日とてしゅぎょう中。
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当たり前です。
ポツダムはベルリンのお隣、ブランデンブルク州の州都です。ベルリンの一部のはずがない。

しかし大事なことなのでもう一回いいます。
ポツダムはベルリンの一部ではない。決して。


前置きが長くなりました。
今日はポツダムのクリスマス・マーケットに行ってきました。
さえぼーさん情報によると、とっても可愛いポツダム・カップがあるとのこと。これはチェックせねば!

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ポツダム駅からバスに乗って、ブランデンブルク通りへGO!
ながーい通りに、屋台がずらりと並んでいます。おお、シュパンダウと同じスタイル。この慣れ親しんだスタイルが一番好きです。

さてさて、お昼はなににしよう?と、わくわくしながら歩いてみる。

その過程でぼけっと考えていたこと。


そのいち
「クラカウアー・ソーセージ」はクラカウ(クラクフ)でも食べられているのか?


日本で知られている「フランクフルト・ソーセージ」は、ドイツの「フランクフルター・ソーセージ」とは異なるもの。(前者は焼きソーセージ、後者はボイル)
これと同じで、ドイツで「クラカウアー」(クラカウ風)と呼ばれているこのソーセージは、現地でも同じ名前で親しまれているのでしょうか?

未だに結論には達していませんが、「ポーランド料理」の屋台に「クラカウアー」があったので、クラクフでも普通に食べられているのではないかという説が浮上。

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ぐだぐだいっておいてなんですが、わたしはこのスパイシーで歯ごたえのあるソーセージが大好きです。


そのに
「Kartoffelpuffer」という呼び名は地方によって異なる?


スライスしたじゃがいもをからっと揚げる、パンケーキ。
ラインラントではReibekuchenといいます。しかしベルリンっこには通じなかった。

どっちのほうが「一般的」なんでしょうね?

まあ名前なんてどうせ恣意的なものなので、ちゃんと「想定されるもの」が出てくるのであれば名称にはこだわりません。数年ぶりに食べたKartoffelpufferはおいしかった。


今回、ようやく「食べなくちゃー」と前々から思っていたGebratene Mandeln(アーモンドを炒って砂糖がけしたもの)を購入。これ大好きー!やめられない、とまらない、です、まさに。


クリスマス・マーケットの通りがそろそろ終わるかな?というところで、「ホンモノのブランデンブルク門」登場。

DSCF3953.JPG


このブランデンブルク門、ベルリンのブランデンブルク門よりも20年前に建てられた「最古のブランデンブルク門」らしい。でも、ロケーション的にも規模的にも、注目を浴びている(?)のはウンテル、デン、リンデンのほうだよね……。

ここからサンスーシ宮殿を目指してお散歩。

DSCF3962.JPG

夕暮れのサンスーシ公園。
ちなみにまだ午後3時。

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とても寒そうです。

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宮殿前の噴水も凍っています。
なんと、

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かもさんたちは凍った池(もどき)の上で各々のんびりと過ごしております。君たち寒くないのかい?

ポツダムはベルリンの「お隣さん」なので、気温的にもさほど変わらないものかと思いきや、ものすごく寒い。手袋をはずしてカメラを構えるだけで指先がじんじん痛む。綿の入ったブーツを履いているにもかかわらず、つま先もすっかりかじかんでいる。
 

DSCF3969.JPG DSCF3970.JPG DSCF3971.JPG
 

周りになにもないから(吹きさらし!)とか、
池があるからとか、
理由はいろいろありそうだけれど、

この寒さを体験すると、もう「ポツダムはベルリンの一部である」なんて口が裂けてもいなくなる、そんな気がする。体感温度10℃くらい違うんじゃないだろうか。別世界です!

しかしサンスーシ公園内の風景はとても幻想的でうつくしかった。


冬のサンスーシはとてもさみしいところと聞いていましたが、今日は天気がよかったせいか人出も多く、だいぶにぎやかでした。しかし新宮殿にたどり着いたころにはどっぷり日も暮れて、

DSCF3973.JPG

そろそろ「さみしい」感じになってきます。

日が短いので行動時間は限られるけれど、冬のサンスーシには冬にしかない情緒もあるよねえと思ったのでした。

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帰るまでが遠足です。
そんな感じで帰路につく。

ボーフムからハノーファーを経由、そこからLüneburg-Büchen-ロストックと、ハルツ山地へ行ったときとほぼ同じルートで帰ることに。エルベ川沿いの景色は本当に美しいので、今回も車窓の旅が楽しみ!

……の、はずだったんだけれど。

ボーフム駅のホームにて、乗るはずのICEが10分遅延しているというとんでもないアナウンスが耳を打った。

ハノーファーでの乗り継ぎ、10分ないんだけど!

いやでもしかし、最近のドイツ鉄道(DB)さんはちょっとがんばっているから、10分のロスくらい楽々と追い上げてくれるかもしれない!(遅延による罰金を恐れ、あらかじめダイヤをゆるーく組み立てているので余裕がある、というはなしらしい)

実際、DBさんはがんばってくれました。
ボーフムに着いたときには10分遅れだったICEは、ほぼ定刻通りにハノーファーに到着しました。乗り換えのホームは隣だし、間に合う!

いそいそと階段を下りはじめたとき、

乗り継ぎのICEが15分遅延しているという絶望的なお知らせが。

次の乗り換え時間も10分弱。
どう考えても無理だろう……。

わたし今日帰れるの?と、くらーい気持ちで駅員さんに問い合わせる。
ハンブルクを経由すれば、帰れるには帰れる。しかしハンブルクで1時間半足止めされることになるため、ロストックに着くのは深夜1時!(もちろん終電)
こんな時間に走っているトラムもSバーンもないので、中央駅についたらあとは自分でどうにかしろと。まあ、朝4時に到着するよりははるかにマシなので、もうロストックに着きさえすればなんでもいい。

そんなわけで、リューネブルクを無視してハンブルクまでICEの旅。
幸か不幸か車内で勉強をする時間だけはできた。

DSCF7721.JPGドイツの駅に待合室なんてすてきなものは存在しないので、ハンブルクでは24時間マックに避難。マックカフェで紅茶をオーダーして、ここでも1時間半、勉強。
はじめてマックカフェのお世話になったけれど、案外ちゃんとしているんだね!(失礼)今までマックでオーダーしていた紅茶よりはちゃんとしたダージリン・ティーが出た。くつろげるかどうかは別として、ちょっと一服したいときにはいいかもね。

夜11時前に電車がようやく出発。こんな時間に乗る人間なんていないだろう……と思いきや、同じ被害にあったのか、それなりに乗客はいた。目的地がロストック、という人も多くて、ほぼ全員が駅前のタクシーに乗りこんでいった。

そして乗り遅れたわたし。(+おじいさんおばあさん夫婦)

ふと、ロストック市内を走る深夜バスの存在を思い出す。
幸い、10分弱でバスが到着したので、割とスムーズに家まで帰れました。

やれやれ、最後まで忙しい遠足だったなあ。
これは忘れられそうに、ない!


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お世話になりました!

Bochum(ボーフム)にやってきました。

ボーフムのエキスパートといえば、かもさん!
本日はかもさんにボーフム周辺を案内していただきました。

DSCF7683.JPG隣町エッセンに移動しまして、やってきたのは世界遺産・ツォルフェライン炭坑産業遺産群。
とにかく広ーい!残念ながらガイドツアーは満員で参加できなかったけれど、ツォルフェライン炭坑第12立坑・コークス工場周辺の散策だけでも大満足でした。
ツォルフェライン炭坑第12立坑エリアの建物はバウハウス様式を採用している、ということですが、実際には「直線部分だけバウハウス」という「なんちゃって様式」らしい。そういえば曲線を用いたデザインは見当たらない。


以下、散策の軌跡。

DSCF7684.JPG

石炭を「洗う」場所。

DSCF7697.JPG

高いところは別にいい。
でも、格子状の足場は苦手だ!
(大聖堂とのコンボは凶悪)

DSCF7706.JPG

コークス工場。

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子どものころの探検を思い出す。


中も見たかったなあ、なんて言ったらゼイタクになるんでしょうか。
また来たいなー。


DSCF7718.JPGその後、ボーフムに向かって移動。
途中、Wattenscheid(ワッテンシャイト)でルール地方名物・カリーヴルストのおいしいお店に連れて行ってもらいました。シェフはデュッセルドルフのフレンチレストランで修業を積んだとのこと!
カレーソースがすごくまろやかで、でも、ぴりりっとあとからスパイスが効いてくる。すごく絶妙!おいしい!カリーヴルストというと、「ケチャップ+カレー粉」というソースになることが多いんだけれど、全然ケチャップケチャップしていない。さすがだなあ。


街に向かって歩いている途中で、なんとなくローマっぽい建物(?)も発見。

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なんとなくコロッセオ?

フランクフルトからザールブリュッケン、モーゼル川沿いにトリアーを経由してコブレンツ、そして今、ボーフム……と、行く先々でローマ帝国のなごりに触れる旅だった気がする。(ボーフムだけちょっと惜しい。次は遺跡も見てみたい!)


その後、市内のアイス屋さんで一服。
張りきって食べ過ぎて胸やけを起こしてよろよろしていたバカはわたしです。

最後の最後までかもさんにお世話になりっぱなしでした。
おかげさまですてきな滞在時間を過ごすことができました。どうもありがとうです!

しかし一日弱じゃ、ルール地方を知ったことにもならないなあ。
また来たい。今度はデュッセルドルフ/メンヒェングラードバッハへの「里帰り」も組み込んで、ベルリンから来ちゃおうかな。な。


通り抜けたボーフムの街は、工業都市ということで、どこか地元・メンヒェングラードバッハを彷彿とさせた。や、ボーフムのほうがもちろん大都会ですけど!

Saarbrücken ist nicht weit.

ザールブリュッケン、と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、80年代ドイツの歌姫、Nicoleの歌。

ザール川のほとりにあるこの小さな街に、やってきました。
フランクフルトからTGVで2時間。たしかに、ザールブリュッケンは遠くない。

なぜここに来たのか。

ひとつは、「ドイツ16州を制覇してみたい」と思ったから。
今回の留学でメクレンブルク・フォアポンメルン、シュレースヴィヒ・ホルシュタインに足を踏み入れることとなり、あとを残すはザールラント(州都ザールブリュッケン)だけとなりました。フランクフルトまで来たなら、もう、行っちゃえ!と思った次第です。

あとは、もうひとつ。単純に街を見てみたかったから。
ザールラントは小さな州です。フランス国境に近く、もう、ロレーヌ地方とは目と鼻の先。
上に挙げた歌くらいしか、思いつくことがないくらい、このザールブリュッケンという街のことを知らない。


そんなわけで、今日、ここにやってきました。

2時間という限られた時間の中で、せかせか観光!なんか、3年前の周遊が思い出される……。あのときはジャーマンレイルパスがあったから、割と好き勝手できたんだよなあ。


以下、ザールブリュッケン観光をダイジェストでご紹介。

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市庁舎。さすが州都、立派です。
19世紀末~20世紀初頭にかけて造られたとのこと。

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トラム。丸っこくて可愛い。
いろんなカラーがあるようで、ほかにも青の走行を確認。
トラムのデザインは街によって違うので、見ているだけでも楽しい!

ちなみに、

これまで見たトラムの中でザールブリュッケンのバツグンに可愛いと思う。
 
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「ポスト」って書いてあったから、郵便局なんだと思うけど。
今もちゃんと現役なのかな?日曜日だったし、反対側の道にいたのでよくわからない。それにしても立派な建物!
 
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かつてローマ帝国領だったこともあってか、
ローマにゆかりのあるものをちらほら見かける。
オヴィディウス、という名前のお店。たぶん飲食店。
すぐ向かいには、カラカラという名前のお店も。食器屋さん?
 
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広場から横道に入ると……

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こんなお店を発見!
ジャパニーズ・ブラッサリーだって!残念ながら日曜日は定休日。
 
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ここは、Fröschengasse(カエル横町)という名前の通り。
うーん、こういうのだいすき。
 
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ザール川付近にやってきました。
このザールラント国立劇場は、1935年、再びドイツ領となったザールラントへヒットラーが進呈した「贈りもの」だそうです。……ドイツにとっては「アウトバーン的位置づけ」になるのかしら。
 
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Alte Brücke(古い橋)。
対岸の、小高い丘にはお城が建っています。

でも、
 
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結局どれが「お城」なのかよくわからなかった。これ?
「お城の庭園」に面している建物といえば、これくらいしか……。うーん。
 
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ローマ帝国の武将……のはずなんだけど。
看板を見て「行かなきゃ!」と思ったはいいが、

肝心のお名前を綺麗に忘れた。

誰だー。
 
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ルートヴィヒ教会。バロック様式。中は真っ白!
あまりに静謐で、写真を撮るのをためらわれたので、

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街中のプレートを撮影。いくじなし!


これで街をぐるっと一周した感じですが、2時間ではとてもじゃないけど足りない!
もう少し時間があれば、お城の位置を確認したり、ルートヴィヒ教会をゆっくり見たりできたんだろうなあ。もちろん、そんなのゼイタクだけれど。


最後に、

 
DSCF7679.JPG


ザール川。(恐らく)連日の雨で水が茶色くなっていた!
そして、悪天候のため写真が残念なことに……。

ざっと回って、生活しやすそうな街だなあという印象を抱きました。
たぶん、ロストックともそう規模は変わらないんじゃないかな。もちろん、州都であるザールブリュッケンのほうが華やかだとは思うけれど。

慌ただしくはあったけれど、思い切って来てよかったなあ。


ここから、モーゼル川沿いに北上。
コブレンツを経由して、ルール地方に向かいます。
朝6時半に朝食をすませて、出発前に母校まで散歩をすることに。

トラムなら2駅。しかし最寄りのSバーンまではホテルからも学校からも大して距離は変わらず、案外近いということを改めて知った。今回泊ったホテルだって、実は在住時には毎日毎日前を通っていたりする。

DSCF7612.JPG母校に到着。最後に来たのは8年前かな?8年だろうと12年だろうと、この校舎はなにも変わっていないんじゃないかという気さえする。さすがに内装はちょっと綺麗になっている……かな?
デュッセルドルフの母校の新校舎がホテルに化けていたときはさすがに仰天したので(ホテルが建つことは知っていたけれど、実際に目の当たりにするとびっくりする)、「変わらない」ということに安堵を覚えた。

DSCF7613.JPG母校のあるオストエンド地区は、かつてユダヤ人が多く住んでいた地区だったそうです。知らなかった。
そして今回、正門を眺めていたら、こんなプレートが目に入った。うちの学校の前身は、ユダヤ人学校(1853-1939)だったのだと。……いつも裏門から入っていたものから、このプレートの存在に気がついたのも今になってからなんだけれど、本当に自分の無知がイタイ。ちょっと一から出直して来たい。

DSCF7617.JPGうちの学校は動物園の真向かいにあります。3階の教室から、ときどきキリンを見ることができました。あんまり身近にあったものだから、学校行事で行くことはなかったなあ。もしかしたら、入学直後に連れて行ってもらえるのかもしれませんが。(わたしは小学校6年のときに転向したので、そのあたりのことはよくわかりません)
ちょっと意外だったのは、裏門に面している通りがHölderlin通りだったこと。そんな立派な名前がついていたのね……下校時のショートカットとしてしか認識したことがなかった。通りの名前すら知らなかった。


何年経っても、新しいことって学べるんだなあ、と。
(今回は無知を解消しただけに過ぎないですが……)


ホテルに戻って荷物を回収、中央駅へ。
ここから更に西へ、南へ。

Goodbye, Frankfurt.
また、「帰って」くるよ。

かれんだー

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ドイツ生まれ、ドイツ育ちの「なんとなく日本人」。根っからのラインラントっこ。

日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。

深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。

2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。

ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。


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