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ゆうゆう自適。

つらつら、まったり。つれづれ(不定期)雑記帳。海風薫るロストックから伯林、そして再び東京へ。再びドイツへ「帰る」日を夢見て、今日も今日とてしゅぎょう中。
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3日間お世話になった仲間に別れを告げ、いざ、ベルリンへ。
ロストックもベルリンも、ともに「帰る場所」。住居があろうとなかろうと、変わりはないね。

さて、今、帰りの電車の中でこの記事を書いているのですが、

 
ま さ か の S バ ー ン 乗 車 !!
 

前代未聞。
Sバーンの車輌で、メクレンブルク/ブランデンブルクを駆け抜けるつもりらしい。
そして、ほぼ同時刻に発射したRE(快速電車)よりも早くベルリンに着くつもりらしい。(ルートはどうやらREとほぼ同じ、停車駅がひと駅少ない分だけ、こっちのほうが早い模様)
 
「日曜日のみの運行」
「ヴァルネミュンデ発」
 
のことばに見事にだまされた!ホリデー電車の類じゃないのか!
ヴァルネミュンデ駅はSバーンとICE(ドイツの新幹線)しか停車しないし、おかしいとは思っていた。そして、たぶん1月にヴァルネミュンデでホリデーする輩はいない。
 

通常ダイヤのREより15分早くベルリンに着く、と謳っていたので、仕方なく乗車したけれど、同じ運賃払うんだったら綺麗で乗り心地のいいRE(ロストック発着のREは最新車輌を採用)のほうがいいに決まっている。しょんぼり。
「だまされてるんじゃないだろうか」と、思わず駅員さんに「この電車、ベルリン中央駅まで本当に乗り換えなしで行けるんですか?」と訊いてしまった。(もちろんですよ、という答えが返ってきたけれど、実はまだ半信半疑)

いやだって、ついさっき、ロストックの仲間に「この前ベルリンからロストックに帰る途中、Neustrelitzで突然下ろされて、Sバーンに乗り換えさせられた」ってはなしを聞いたばかりなんだもん!
 
本当にベルリンまで帰れるのか。
メクレンブルクの境目あたりが、勝負です。


経過報告は、「つづき読む?」にて。
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ヨーンゾン研究仲間と一緒に、ウーヴェ・ヨーンゾン賞の授賞式に行ってきました。

会場はNeubrandenburg(ノイブランデンブルク)。仲間の車に乗せてもらい、車中1時間半の旅。
学期中はなかなかお話できるきっかけがなかったので、今回は非常によい機会に。


今回のウーヴェ・ヨーンゾン賞の受賞者は、クリスタ・ヴォルフ。
最初にこの知らせを聞いたとき、ちょっとびっくりすると同時に、納得しました。

クリスタ・ヴォルフとウーヴェ・ヨーンゾンは、双方とも幼少期に故郷(ポーランド領)を失い、家族とともにメクレンブルクに移り住んだ。バックグラウンドはとても似ているけれど、作家として歩んだ道はまるで違う。片方は故郷を後にすることを決め、もう片方は故郷を去ることを拒んだ。ヴォルフの作品がドイツ全体で読めたのに対して、ヨーンゾンの作品は東ドイツで読むことはできなかった。

ヨーンゾンが『ヤーコプについての推測』(1959)、『第3のアヒム伝』(1961)を書けば、ヴォルフが『引き裂かれた空』(1963)、『クリスタ・Tについての追想』(1968)を書く。Jahrestage(1970, 1971, 1973, 1983)につづくのは、『幼年期の構図』(1976)。西と東で、それぞれ対になる話を書いている……という指摘は常々されていました。あまりに当然のこととして受け止められていたようで、比較研究が出たのは実は今年に入ってからです。

研究者の間では「あてにならない」ということで有名なヨーンゾンのバイオグラフィー(半分くらい著者の想像と思い込みで成り立っているというすごい伝記)によると、ヨーンゾンは

「クリスタ・ヴォルフがわたしの後を追って作品を発表しているんだ」

というようなことを言ったというアネクドートがあるとかないとか。
本全体の信憑性が薄いので、本当にそう発言したのかどうかは不明。

真偽のほどはわからないけれど、ヴォルフの日記やその他エッセイなどを通して、ふたりは微妙な間柄だったのかしら……とは、なんとなく思っていました。

「しかるべき時が来るまで、わたしはヨーンゾンについて一切語らない」

そう、ヴォルフは公言しています。

ドイツ統一20年目、故郷メクレンブルクの地で、このたびのウーヴェ・ヨーンゾン賞受賞。
ヴォルフがヨーンゾンについて語るときがやってきたのか、と、この日を心待ちにしていました。


賛辞を述べたのはクリストフ・ハイン。
めちゃくちゃ恰好よかった。すらっとしたロマンス・グレーのすてきなおじさま。
マフラーぐるぐる巻いても「中尾彬風」にはならないんだね。(ファンの方ごめんなさい)

声も、賛辞も、いい。
ハインまた読みたくなった。


そして、

「受賞のことば」。
語られたのは、故人・ヨーンゾンとの出会いと思い出。

それは、はじめて語られる逸話。

ヴォルフでドイツ文学に本格的に足を踏み入れて、
ヨーンゾンにたどり着いて、
今、ここ、メクレンブルクにやってきた。

自分がこれまで積み重ねてきたものが、すっとつながった、そんな気がした。

ヨーンゾンにとっては、「遥かなる故郷」だったメクレンブルク。
そこで、今日、ヴォルフとヨーンゾンが再び出会った。


受賞の言葉、文章化されないかなあ。
読み返したい、読み返したい。

「この日の午後にウーヴェとわたしがなにを話したのかは、あえて語りません」

そう、ヴォルフは言った。

その日の午後に、ふたりが最後に会った日に、なにが語られたのか。
作品研究とは直接関係ないけれど、とても、とても気になるのです。


授賞式の後は、ビュッフェ形式のディナー(!)。
たまたまヨーンゾン協会の計らいでくっついてくることができたけれど、この授賞式はもしや招待制なのだろうか……。
ベルリンでお会いした古本屋のおじさんに声をかけられてびっくりした。(一瞬誰だかわからなかったわたしサイテー)世の中狭いなあ。引っ越しをしたら遊びに行こう。

深夜までラウンジでたるたる仲間と談笑して、12時過ぎに出発。1時半に到着。
助手席に座っていたので、どんなに眠くても寝られない……


そしてノイブランデンブルクは観光できなかったので、ここはベルリンに移ってからまた行きたい!
古い建物とか、外壁とか、なかなかすてきだったなあ。
3日連続、めくれんぶるくの旅。
今日は「バルラハの街」(Barlachstadt)と呼ばれるGüstrow(ギュストロー)に行ってきました。

ギュストローまではSバーン一本で行けるので、家の最寄り駅から乗り換えなしで行ける。本数は少ないけれど、事前に時間を調べていけばとても便利。

ギュストローは、彫刻家・画家・小説家のエルンスト・バルラハが逝去するまでの28年の歳月を過ごした街。そしてウーヴェ・ヨーンゾンが子ども時代を過ごした街でもあります。
ヨーンゾンの作品はギュストローについて、そしてバルラハについて言及している個所が多いので、一度は絶対に行かなければと思っていました。そして、行くならばきちんと予習してから行かなければ、と。そう思っているうちに、こんなに後回しになってしまった。

そんなわけで、今回はバルラハとヨーンゾンの軌跡をたどる旅です。


DSCF3022.JPG

「バルラハの街」ギュストロー中央駅。
ロストック滞在も残るところあと1週間。
課題が一段落ついたこともあって(最終チェックは実はまだ終わっていない……)、怒涛の散策週間です。

昨日のクリュツに続いて、今日はどこへ行こう?
昨夜から今朝にかけて、行き先が2転3転。

最初はヴィスマールからちょっと北に行ったところにあるInsel Poel(ポール島)に行こうと思っていました。
ポール島は昨日行ったボルテンハーゲンの対岸にある半島で、クリュツ行きと同様にヴィスマールでバスに乗り換え(途中で分岐)。ポール島はJahrestageにも登場するし、行ってみたかったけれど、2日連続で似たような情景を見るのはちょっとしんどい。案外近くないこともわかったし。

次にドイツ最大の島、Rügen(リューゲン)に行ってみようかなあと考える。シュトラールズントの更に先、フォアポンメルン地方。
ドイツ最北端といわれるKap Arkona(アルコナ岬)にある「2つの灯台」をこの目で見てみたい。メクレンブルクで2つ灯台があるのはアルコナ岬だけです。

しかしドイツ鉄道(DB)の示すルートのアクセスが最悪で、ロストック4時53分発に乗らないと現地にまず到達できないというひどさに断念。(しかし最近DBの出す情報の信ぴょう性がものすごく落ちている気がするので、別会社の交通網を調べたらもうちょっと快適に行けるんじゃないかな……)

エルベ川のほとりにあるLüneburg(リューネブルク)なんてどうだろう?と思いをめぐらせてみる。
車窓から見た景色がとても綺麗だったし、ガイドブックに出ている街並みの写真もすてき。うんそうしよう、リューネブルクにしよう。


……ここまでが、今朝、朝食を食べるまでの流れ。


リューネブルクに行く気満々でしたが、若干遠いのと、なにより「メクレンブルクではない」ということでぎりぎり踏み止まりました。同様の理由でKiel(キール)もボツ。シュレースヴィヒ・ホルシュタインだってベルリンからは行きにくいところにあるけれど、それでもここはやっぱり、メクレンブルクを回りたい。

結局どこにしたかというと、リューゲン島に白羽の矢が立ちました。
ロストックから電車で一本で行ける、Sassnitz(ザスニッツ)という街。ガイドブックでも特に紹介されていない街だけれど、観光ホームページをさらっと見て直感で行き先決定。

DBのサイトで最寄り駅の時刻表を調べて行ったら、目的の電車は存在していなくて、思わぬところで時間のロス。ザスニッツ行きの電車は2時間に一本しかないのでひやひやしました……。乗り換え時間は1分、階段2段飛ばしで上り下り。切符を買っている時間なんて当然ないので、そのまま停車していた電車に飛び乗りました。ロストック-ザスニッツ間は長いし、途中にシュトラールズントがあるから絶対車掌さんが来るはず。だからタダ乗りにはならないだいじょうぶ。

シュトラールズントを通過。前回は港で見るだけだった、シュトラールズントとリューゲン島をつなぐ橋(線路)を今回、通る。橋の上から見えるシュトラールズントは、まさに美しい水の都。

島に上陸したからといって、景色が劇的に変わるわけではないけれど、典型的なメクレンブルクの大地のように平たいばかりではなかった。緑が深い。そんな気がする。

DSCF7895.JPG DSCF7896.JPG

ロストックから2時間弱でザスニッツに到着。
小さな駅を出ると、まっすぐに伸びる道の先に、きらきらと光るバルト海が広がっていました。

【 つづく 】
西北メクレンブルク、Klützer Winkel(クリュツァ・ヴィンケル、クリュツの一角)に行ってきました。
正確に訪れた場所はクリュツと、ドイツで二番目に古い海水浴場Boltenhagen(ボルテンハーゲン)です。(ちなみに最古の海水浴場はハイリゲンダム)

なぜクリュツかというと、ひとつはここにヨーンゾンの文学館があるから。もうひとつは、ここがJahrestageに登場する架空の町Jerichow(イェーリヒョー)は、規模的にも地理的にもちょうどクリュツと一致するとされているからです。(ヨーンゾンと直接ゆかりのない町に文学館があるのはこのため)

架空の町イェーリヒョーと、架空の海水浴場Rande(ランデ)。
実在する町クリュツと、実在する海水浴場ボルテンハーゲン。

そっくりそのままモデルになっているわけではありませんが、なんともロマンをかき立てる設定ではないですか!
そんなわけで、メクレンブルクにいる間に絶対に行かなければ、とずっと思い続けていた場所のひとつです。気がつけば、ロストック生活の締めくくりみたいな日程になってしまった。


ロストックを出たときは雲が重たく、だいじょうぶかな?と不安になりましたが、電車に乗っているうちに雲の切れ目から光が差し込み、乗り換え地点のヴィスマールに到着するころにはすっかりいいお天気。ちゃんと日光を浴びたの何週間ぶりだろう。

クリュツへ行くには、まず電車でヴィスマールまで行ってからバスに乗り換え。結構近そう、と思いきや、片道2時間。バスは1時間に一本しか走っていないので、ややアクセスが不便な場所。(土日祝日は更にシビアで、1日に5本程度しか走っていない)

DSCF7774.JPGバスが到着するまでちょっと時間があったので、駅周辺を散策することに。
そういえば、前回ヴィスマールに来たのってもう5カ月も前だ!えええ、信じられない……つい最近来たような、そんな気ばかりするのに。記憶だってまだまだ鮮明で、地図がなくても周辺くらい余裕で歩ける。(ヴィスマールが比較的小ぢんまりしているからかもしれないけれど)
そんなわけで、駅から一番近い聖ニコライ教会の辺りをうろうろ。さすが世界遺産に登録されている街、平日の午前中から観光客の姿がちらほらと。


DSCF7772.JPG

小橋の上から撮った写真。
前来たときはこの(今自分が立っている)橋の上で子どもたちが遊んでいて渡れなかったので、このポイントからの写真が撮れなかったんだよねー。復習、復習。

バスの時間に遅れるといけないので、早めに乗り場に戻って待機。
普通の市バスが来るのかと思いきや、なんか観光仕様の席が立派なバスが来てちょっとびっくり。Fischland行ったときみたい!そうね、行先は一応リゾート地だもんね……。

バスに乗ること約40分。
途中でふと眠ってしまって、目を覚ますと目の前に海が!
あああ、そうだ、しばらくは海沿いに走るんだった。

DSCF7776.JPG

ほどなくしてクリュツに到着。人口3000人ちょっとの、小さな町です。
町のシンボル・聖マリエン教会がすぐ目の前にあったので、さっそく入ってみることに。

DSCF7784.JPG DSCF7782.JPG DSCF7781.JPG 

これまで見たれんが造りのバロック様式教会の中では、一番質素な感じがした。静謐に包まれた空間。祈りの場。
ロストックの聖ペトリ教会も煌びやか!という感じの教会ではないんだけれど、こちらのほうがもっともっと、落ち着いている。ステンドグラスも最小限だし、絵画も、正面の磔刑像以外は見当たらなかった。

さっそく毒されているわけではないけれど、Jerichowに登場するペトリ教会ってこんな感じだったんじゃないかな、と思った。すとん、と収まった気がする。実写版Jahrestageのペトリ教会にすごくよく似ている、というのもあるかもしれない。(まさかとは思うけれどここで撮影していないよね……)


教会を後にして、ヨーンゾン文学館を目指す。なんとインフォメーションも兼ねているので、すぐに見つかるはず……見つかりますように。ひとまず、先へと続く坂道を下りてみる。

DSCF7785.JPG

途中で見かけた建物の壁に、クリュツの紋章。きゅーと!

坂を下りると、すぐ目の前にウーヴェ・ヨーンゾン文学館がありました。

DSCF7786.JPGDSCF7787.JPGドイツでは数少ない、「作家の生家ではない文学館」なのだそうです。前述したようにイェーリヒョーとクリュツを重ね合わせ、主人公ゲジーネの母方の一族パーペンブロック家の住処を彷彿とさせる納屋をリフォーム、2006年に文学館としてオープンしました。
ロゴがね、とってもすてき。若かりしころヨーンゾンと、トレードマークのパイプのシルエット。

さっそく中に入ってみると、いかにもインフォメーションという感じでちょっと面白かった。図書館も入っているし、朗読会が行われたりもするようで、文化的生活の中心みたいな役割を果たしているのかも。

入場料を払って、常設展示コーナーに移動。

DSCF7788.JPG

図書館のコーナー。
ヨーンゾンの写真を使って「UWE JOHNSON」の文字が。

DSCF7790.JPG 

展示室はこんな感じ。
ヨーンゾンの著作や、彼に関するパネルが展示されています。
あんまり時間がなかったので、出典をまずチェックして、家にある文献が載っているパネルはスルー。読んだことのない記事はがんばってデジカメで撮影。ベルリンに行ったら国会図書館で古い新聞記事に当たりたい。

DSCF7799.JPGDSCF7804.JPGミスタ・ヨーンゾン。日本の独文会でたまに「おじーさん」と呼ばれたりしていますが、これでも40代です。(49歳で亡くなっているので、どんなに老けて見えても40代)
気難しがりやなひとだったみたいですが、なかなか渋めの美形じゃない?と思っております。若かりしころはイケメンですよ!

DSCF7820.JPGDSCF7813.JPGJahrestage(初版)の表紙と、New York Timesの記事。初版はデザインがすてきなので、実はちょっとほしい。ゼミの仲間が持っていてうらやましかったなあ。ペーパーバックはコンパクトで持ち運びしやすいけどその分味気ない。

インタビュー番組と、ヨーンゾンの短編を基にしたショート・フィルム(以前、講演にゲストとして登場した脚本家の処女作)を見ることのできる一角もありました。ショート・フィルムはほかで見ることができないみたいなので、貴重かも。

DSCF7822.JPG DSCF7823.JPG

せっかくなのでイケメン・ヨーンゾンもどうぞ。
一番上、一番下の写真がシルエットに近いかな。

DSCF7824.JPGちなみに、ここの受け付けの方はとても親切で、道を尋ねたらちゃんと教えてくれた。さすがインフォメーション。
ヨーンゾン関係のショップも併設されていて(といっても、受け付けのひとがぜーんぶ兼任)、本が並べてありました。残念、全部持ってる……。

帰り際になりますが、外に展示されていた「ヨーンゾン・シルエット入りのポスター」がすてきで、思わずお持ち帰りすることに。問題は、どうやってこれをベルリン(ひいては日本)まで綺麗に運ぶかということ。郵便局で筒状のケース買うか。送らないけど。


さて、ここから海水浴場ボルテンハーゲンに移動します!
バスは一時間に一本しか走っていないので、ここは歩きです。ゲジーネもイェーリヒョーからランデまで歩いていたんだな!と想像しながらの歩きです。

かれんだー

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ドイツ生まれ、ドイツ育ちの「なんとなく日本人」。根っからのラインラントっこ。

日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。

深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。

2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。

ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。


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