ゆうゆう自適。
つらつら、まったり。つれづれ(不定期)雑記帳。海風薫るロストックから伯林、そして再び東京へ。再びドイツへ「帰る」日を夢見て、今日も今日とてしゅぎょう中。
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「大学のジムで運動するぞ」と同様、言うだけ言って実行に移していなかったもうひとつのこと。
それは、自転車の購入
やっとやっとやっと、自転車を買いました!
これで近所の開拓もできる!もしかしたら、大学までも行ける?
そこまでうきうきと考えて、
気に入った自転車の試し乗りの段階になってからはたと気がついたこと。
わたし、15年くらい自転車に乗ってないんじゃない?
しかも、ドイツで愛用していた自転車と、日本の自転車の仕様は、どうやら異なる模様。
ドイツで乗っていた自転車は、ペダルをきゅっと反対方向に向けて踏み込めばブレーキがかかる仕様だったけれど(アメリカ仕様らしい)、日本の自転車はハンドブレーキで止めなければならない。
いや、日本では当たり前の話なのかもしれないけれど、
手で自転車を止めるなんて、まったく慣れていないんです!
さて試し乗り。
とりあえず、まっすぐ乗れませんでした。
よたよたと進んで、よたよたと戻る。
その様子を、無表情に見守り続ける店員のお兄さん。
……や、もう、いっそ笑ってほしかった。
豪快に笑い飛ばしてほしかった!
とほほ。
こんな調子で「大学まで自転車」なんて、夢のまた夢だなあ。
まずは練習、練習。
明日も天気がよさそうなので、練習がてら近所に出かけてこようと思います。
もちろん自転車で。
……安全第一で。
それは、自転車の購入

やっとやっとやっと、自転車を買いました!
これで近所の開拓もできる!もしかしたら、大学までも行ける?
そこまでうきうきと考えて、
気に入った自転車の試し乗りの段階になってからはたと気がついたこと。
わたし、15年くらい自転車に乗ってないんじゃない?
しかも、ドイツで愛用していた自転車と、日本の自転車の仕様は、どうやら異なる模様。
ドイツで乗っていた自転車は、ペダルをきゅっと反対方向に向けて踏み込めばブレーキがかかる仕様だったけれど(アメリカ仕様らしい)、日本の自転車はハンドブレーキで止めなければならない。
いや、日本では当たり前の話なのかもしれないけれど、
手で自転車を止めるなんて、まったく慣れていないんです!
さて試し乗り。
とりあえず、まっすぐ乗れませんでした。
よたよたと進んで、よたよたと戻る。
その様子を、無表情に見守り続ける店員のお兄さん。
……や、もう、いっそ笑ってほしかった。
豪快に笑い飛ばしてほしかった!
とほほ。
こんな調子で「大学まで自転車」なんて、夢のまた夢だなあ。
まずは練習、練習。
明日も天気がよさそうなので、練習がてら近所に出かけてこようと思います。
もちろん自転車で。
……安全第一で。
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大学のプールで泳ぎはじめて一ヶ月。
毎週、授業のあとに1時間半ほど泳いで帰るのですが、週に一回だけのプール通いでも、ちょっと体力がついてきたかな?という気がしています。泳いだあとでも、体が重くならない
最初は休み休み泳いでいたけれど(そして数ターン置きに息切れ)、
今はほぼノンストップで一時間半ほど泳げるようになりました。ゆったり泳いで2kmほど。
もうちょっとペースを上げたいところ!
同期、先輩、後輩のみなさま、
大学のプール、なかなかよいですよ
毎週、授業のあとに1時間半ほど泳いで帰るのですが、週に一回だけのプール通いでも、ちょっと体力がついてきたかな?という気がしています。泳いだあとでも、体が重くならない

最初は休み休み泳いでいたけれど(そして数ターン置きに息切れ)、
今はほぼノンストップで一時間半ほど泳げるようになりました。ゆったり泳いで2kmほど。
もうちょっとペースを上げたいところ!
同期、先輩、後輩のみなさま、
大学のプール、なかなかよいですよ

ドイツ、Nordrhein-Westfalen州の片隅にある街Bielefeld。
その街をめぐる、ある「陰謀説」の存在をはじめて知りました。「Bielefeld陰謀説」だそうです。
この説によれば、Bielefeldという街は存在していなくて、
「この街はあるんだよ!」「この街に行ったことがあるんだよ!」という主張は陰謀に基づいているのだとか。
え、これってドイツでは有名な風刺なのかしら。
はつみみ。
ええと、
このタイミングで次の話題を持ち出すのは非常に「空気が読めていない」感じがしますが、わたし、実はこのBielefeldの出身であります。
面倒なので、普段は「最後はデュッセルドルフに住んでいました」とだけ答えています。
「その前はどこに?」と訊かれたら、「その前はフランクフルト、その前はMönchen-Gladbach」と答えますが、大体Mönchen-Gladbachあたりで「どこそれ」という話になるので(ちなみにここ)、Bielefeldまで話が及ぶことはほとんどありません。
生まれはBielefeldです。
4歳まで住んでいました。
「街の鮮明な記憶」は残っていなくて、「家」と「近所」と「幼稚園」ぐらいしか覚えていないのですが。
まさか、あのひっそりとした街が、サイバースペース(の一部)でこんなに話題になっているとは。
上の「陰謀説」によれば、わたしは陰謀を働く側に回るということかしら。
(面白いといえば面白いけれど、しかしリアクション取りづらいなあ……)
その街をめぐる、ある「陰謀説」の存在をはじめて知りました。「Bielefeld陰謀説」だそうです。
この説によれば、Bielefeldという街は存在していなくて、
「この街はあるんだよ!」「この街に行ったことがあるんだよ!」という主張は陰謀に基づいているのだとか。
え、これってドイツでは有名な風刺なのかしら。
はつみみ。
ええと、
このタイミングで次の話題を持ち出すのは非常に「空気が読めていない」感じがしますが、わたし、実はこのBielefeldの出身であります。
面倒なので、普段は「最後はデュッセルドルフに住んでいました」とだけ答えています。
「その前はどこに?」と訊かれたら、「その前はフランクフルト、その前はMönchen-Gladbach」と答えますが、大体Mönchen-Gladbachあたりで「どこそれ」という話になるので(ちなみにここ)、Bielefeldまで話が及ぶことはほとんどありません。
生まれはBielefeldです。
4歳まで住んでいました。
「街の鮮明な記憶」は残っていなくて、「家」と「近所」と「幼稚園」ぐらいしか覚えていないのですが。
まさか、あのひっそりとした街が、サイバースペース(の一部)でこんなに話題になっているとは。
上の「陰謀説」によれば、わたしは陰謀を働く側に回るということかしら。
(面白いといえば面白いけれど、しかしリアクション取りづらいなあ……)
ゴールデンウィーク明けくらいから、「そろそろ考えないといけないなあ」と思っていた計画があるのですが、重たい腰を上げたり下げたりしているうちに、いつの間にか引くに引けない状況になっていた。
思えば、自分のこれまでの人生は常にこんな感じで、
「分岐点」を前にするたびに、自然と「引くに引けない状況」になっていたりする。
いや、まあ、「いいからつべこべ言わずにやれ」ってことなんだろうな、たぶん。
とはいえ、今はまだ「頭に浮かんだイメージのスケッチを描きはじめた」段階なので、もうちょっと具体化してから改めて報告します。
か、覚悟を決めねば。
Zurück aus NAGOYA!
気楽な気持ちで行ったものの、思っていた以上の収穫を経て帰ってきました。
結果、観光はほとんどできなかったけれど(名古屋城の「門の前」と名古屋港を一周したくらい)、そんなことはまあ、おいといて。行ってよかった!
できるだけ早いうちに、あれこれ考えたことを自分なりに整理しよう。
そして、目標に向けて早く動き出そう……。
かれんだー
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りんく
かてごり
最新とらっくばっく
ぷろふぃーる
YuN
ドイツ生まれ、ドイツ育ちの「なんとなく日本人」。根っからのラインラントっこ。
日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。
深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。
2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。
ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。
日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。
深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。
2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。
ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。

