ゆうゆう自適。
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しかも、ネットの説明文を読んだ限りでは、ロッカーの南京錠は備えつけじゃなくて持参?……そういうことはもっと目立つところに書いて!ネットに接続できない人もいるんだから!
「再統一!」としみじみ噛みしめるような1日でも、そんな立場でもないけれど、この日を、この場所で過ごすことができてよかったなあと、なんとなく思った。
今日は大学の学籍登録に行ってきました。
ベルリンで通うことになるのは、Humboldt-Universität zu Berlin(HU)。家はFreie Universität(FU)のほうが近いので、図書館などはうまく使い分けたいところです。
学籍登録の日にちはあらかじめ決められていて、わたしは「10月1日」に来るようにと連絡を受けていました。すなわち、今日。
引っ越しも住民登録も、この学籍登録を基準にして決めたのに、一週間前になって「諸事情の都合から10月6日に来て」なんてメールが来たものだからたまらない。
5日間、ゼメスターチケット(学生証兼、定期券)なしで生活をしろと?
いやいや、その前に、学生証がもらえないとビザの延長申請ができないんですけど!
このたびベルリンにやってきました、という人は2、3ヶ月ほど猶予があるからいいけれど、暫定ビザでぎりぎりのところに踏みとどまっている人間にとっては死活問題です。
そんなわけでメールで担当の方と交渉し、ほぼ殴り込みに行くような感じでHUに突撃。
いざ行かん、「ウンテル、デン、リンデン」(Unter den Linden)。
森鴎外 lässt grüßen!
結論から言うと、ゆるーい感じで登録手続きを行ってもらえました。
しかし、やれ外国人用のサポートが行われる部屋へ行けだの、やれ授業料を払って来いだの、健康保険会社から証明書をもらって来いだの、やたらとたらい回しにされて大変!しかもHUの建物の造りはなにやら複雑なので、散々迷いながら該当の場所へと向かう。
健康保険会社の人は午後にならないと来ないということで、適当に周辺をぶらぶらすることにした。
シュプレー川沿いを歩いてみる。
広い広いヴァルノウ川が思い出されて、またもや「古巣に帰りたい」と思ってしまったり。
でもこの景色、そんなに悪くない。
そういえばこの辺に健康保険会社の支店があったよね、と記憶を頼りに歩いてみると、(わたしにしては珍しく)スムーズに建物を発見。せっかくなので証明書を発行してもらいました。ついでに、滞在ビザ用の証明書も作ってもらうことに。
そうしてHUに戻って、手続きを続行。
またまた出生地がネタになります。
Bielefeldと答えると、「えっ、どんな難しい街の名前が出てくるんだろうと身構えていたのに!」と笑われた。更に「高校卒業」でDüsseldorf、「直前まで在籍していた大学」でRostockを挙げると、担当の方に「あなたはいろんなところに行ってきたんですねえ」と言われる始末。期待を裏切る、履歴の数々。
無事に学生証+ゼメスターチケットをゲット。
授業料が当初指定された額よりも安く、更に「グリーティングマネー」なるものをいただいたので、破損したドアの賠償金額はほぼチャラになりそうです。よかったー。
しかし、州によってはグリーティングマネーなんか出るんだね……とりあえず、メクレンブルク・フォアポンメルンにはそんなものはなかった。
一旦家に帰って、その足でFUへ。
学会にやってきた研究者仲間の皆さんと、ちょっとお話。ちなみにわたしはその学会とは一切関係ない、ただの通りすがり状態。
夜は、縁あって言語学科のStammtisch(飲み会でいいのかしら)にお呼ばれ。
言語学は、途中で挫折したことからもわかるようにまったくセンスが備わっていないので、どうなることかと思いましたが、皆さんとってもよい人たちで、とても楽しかった!また、お話する機会があるといいな。
そんな感じの、ベルリン2日目。
ベルリン生活、いよいよ今日からスタート。
案の定、全身が痛い。万歳とか絶対にできない(そんな予定もないけど)。
今後の事務手続きを円滑にするために、今日は朝一番(といっても11時から)で市役所に行って……きたかったんだよねえ。
買い出しに行ってから朝ごはんを食べ、それから出発。その時点でもう出遅れている。しかも受け付けまで行って家主のサインの入った申請書を家に忘れてきたことに気がつき、ふりだしにもどる。
実は今朝、ロストックから送った荷物の「第一陣」が届きました。4/7。セレクトの基準はわからないけれど、たぶん「ワレモノ注意」のシールが貼ってある箱。
家主のサイン入り申請書、実はこの「第一陣」の中にまぎれていました。この申請書が見つかったのは、今日荷物が届いたおかげであり、今日荷物を受けとることができたのは、朝、出遅れたから。そう考えると、たるたる動いたのも結果的には悪くなかった(超こじつけ)。
2度目の市役所訪問。整理番号を渡されました。「93番」。
現在の受け付け番号は「30」。これは優に1時間以上はかかるな……。
こんなこともあろうかと、テオドール・フォンターネの『わたしの幼年時代』Meine Kinderjahreを持参。隣に座っていたおじさんに「わたしも本を持ってくればよかったなあ」とうらやましがられた。えへへ。
待ち時間は1時間強。
しかし昨日の疲労がたたり、ぼけーっと座っている間に順番が回ってきた。
国籍、誕生日、前住所……と、簡単な質問をいくつかされる。
ドイツだと「誕生地」を訊かれるケースが多いのですが、今回もやはり訊かれました。わたしの場合、ドイツの都市名を挙げることになります。(Bielefeld)
「出生地Bielefeld」なんていうと、大体笑うか仰天するのかのどちらか。住民課の担当者は仰天しました。
「え?じゃああなた国籍は?ドイツじゃないんですか?」
時代が時代なら2重国籍になれる可能性だってあったんだろうけれど、わたしが生まれた当時は2重国籍は許されていなかった。うちの両親もわたしが生まれて早々ドイツ国籍を破棄してしまったので、「ドイツ人」だったことはいまだかつてありません。
しかし生まれがドイツなもので、ことあるごとに「2重国籍問題」が浮上する。今回も、
「え?Bielefeld?パスポートには書いてないじゃないですか」
と念入りに書類をチェックしはじめた。日本のパスポートには本籍は書いてあるけど出生地は書いていない。せいぜい、世間話程度。
「そんなにおっしゃるなら免許証をお見せしましょうか?」
ときたところで、じゃあいいよという話になった。
別に身分偽らないよー、もー。
そんなこんなでさくっと手続き終了。
晴れて「伯林市民」となりました。
明日はベルリン・フンボルト大学(HU)で入学手続きだ!
かれんだー
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りんく
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ぷろふぃーる
日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。
深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。
2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。
ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。

