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ゆうゆう自適。

つらつら、まったり。つれづれ(不定期)雑記帳。海風薫るロストックから伯林、そして再び東京へ。再びドイツへ「帰る」日を夢見て、今日も今日とてしゅぎょう中。
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ロストック滞在も残るところあと1週間。
課題が一段落ついたこともあって(最終チェックは実はまだ終わっていない……)、怒涛の散策週間です。

昨日のクリュツに続いて、今日はどこへ行こう?
昨夜から今朝にかけて、行き先が2転3転。

最初はヴィスマールからちょっと北に行ったところにあるInsel Poel(ポール島)に行こうと思っていました。
ポール島は昨日行ったボルテンハーゲンの対岸にある半島で、クリュツ行きと同様にヴィスマールでバスに乗り換え(途中で分岐)。ポール島はJahrestageにも登場するし、行ってみたかったけれど、2日連続で似たような情景を見るのはちょっとしんどい。案外近くないこともわかったし。

次にドイツ最大の島、Rügen(リューゲン)に行ってみようかなあと考える。シュトラールズントの更に先、フォアポンメルン地方。
ドイツ最北端といわれるKap Arkona(アルコナ岬)にある「2つの灯台」をこの目で見てみたい。メクレンブルクで2つ灯台があるのはアルコナ岬だけです。

しかしドイツ鉄道(DB)の示すルートのアクセスが最悪で、ロストック4時53分発に乗らないと現地にまず到達できないというひどさに断念。(しかし最近DBの出す情報の信ぴょう性がものすごく落ちている気がするので、別会社の交通網を調べたらもうちょっと快適に行けるんじゃないかな……)

エルベ川のほとりにあるLüneburg(リューネブルク)なんてどうだろう?と思いをめぐらせてみる。
車窓から見た景色がとても綺麗だったし、ガイドブックに出ている街並みの写真もすてき。うんそうしよう、リューネブルクにしよう。


……ここまでが、今朝、朝食を食べるまでの流れ。


リューネブルクに行く気満々でしたが、若干遠いのと、なにより「メクレンブルクではない」ということでぎりぎり踏み止まりました。同様の理由でKiel(キール)もボツ。シュレースヴィヒ・ホルシュタインだってベルリンからは行きにくいところにあるけれど、それでもここはやっぱり、メクレンブルクを回りたい。

結局どこにしたかというと、リューゲン島に白羽の矢が立ちました。
ロストックから電車で一本で行ける、Sassnitz(ザスニッツ)という街。ガイドブックでも特に紹介されていない街だけれど、観光ホームページをさらっと見て直感で行き先決定。

DBのサイトで最寄り駅の時刻表を調べて行ったら、目的の電車は存在していなくて、思わぬところで時間のロス。ザスニッツ行きの電車は2時間に一本しかないのでひやひやしました……。乗り換え時間は1分、階段2段飛ばしで上り下り。切符を買っている時間なんて当然ないので、そのまま停車していた電車に飛び乗りました。ロストック-ザスニッツ間は長いし、途中にシュトラールズントがあるから絶対車掌さんが来るはず。だからタダ乗りにはならないだいじょうぶ。

シュトラールズントを通過。前回は港で見るだけだった、シュトラールズントとリューゲン島をつなぐ橋(線路)を今回、通る。橋の上から見えるシュトラールズントは、まさに美しい水の都。

島に上陸したからといって、景色が劇的に変わるわけではないけれど、典型的なメクレンブルクの大地のように平たいばかりではなかった。緑が深い。そんな気がする。

DSCF7895.JPG DSCF7896.JPG

ロストックから2時間弱でザスニッツに到着。
小さな駅を出ると、まっすぐに伸びる道の先に、きらきらと光るバルト海が広がっていました。

【 つづく 】
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西北メクレンブルク、Klützer Winkel(クリュツァ・ヴィンケル、クリュツの一角)に行ってきました。
正確に訪れた場所はクリュツと、ドイツで二番目に古い海水浴場Boltenhagen(ボルテンハーゲン)です。(ちなみに最古の海水浴場はハイリゲンダム)

なぜクリュツかというと、ひとつはここにヨーンゾンの文学館があるから。もうひとつは、ここがJahrestageに登場する架空の町Jerichow(イェーリヒョー)は、規模的にも地理的にもちょうどクリュツと一致するとされているからです。(ヨーンゾンと直接ゆかりのない町に文学館があるのはこのため)

架空の町イェーリヒョーと、架空の海水浴場Rande(ランデ)。
実在する町クリュツと、実在する海水浴場ボルテンハーゲン。

そっくりそのままモデルになっているわけではありませんが、なんともロマンをかき立てる設定ではないですか!
そんなわけで、メクレンブルクにいる間に絶対に行かなければ、とずっと思い続けていた場所のひとつです。気がつけば、ロストック生活の締めくくりみたいな日程になってしまった。


ロストックを出たときは雲が重たく、だいじょうぶかな?と不安になりましたが、電車に乗っているうちに雲の切れ目から光が差し込み、乗り換え地点のヴィスマールに到着するころにはすっかりいいお天気。ちゃんと日光を浴びたの何週間ぶりだろう。

クリュツへ行くには、まず電車でヴィスマールまで行ってからバスに乗り換え。結構近そう、と思いきや、片道2時間。バスは1時間に一本しか走っていないので、ややアクセスが不便な場所。(土日祝日は更にシビアで、1日に5本程度しか走っていない)

DSCF7774.JPGバスが到着するまでちょっと時間があったので、駅周辺を散策することに。
そういえば、前回ヴィスマールに来たのってもう5カ月も前だ!えええ、信じられない……つい最近来たような、そんな気ばかりするのに。記憶だってまだまだ鮮明で、地図がなくても周辺くらい余裕で歩ける。(ヴィスマールが比較的小ぢんまりしているからかもしれないけれど)
そんなわけで、駅から一番近い聖ニコライ教会の辺りをうろうろ。さすが世界遺産に登録されている街、平日の午前中から観光客の姿がちらほらと。


DSCF7772.JPG

小橋の上から撮った写真。
前来たときはこの(今自分が立っている)橋の上で子どもたちが遊んでいて渡れなかったので、このポイントからの写真が撮れなかったんだよねー。復習、復習。

バスの時間に遅れるといけないので、早めに乗り場に戻って待機。
普通の市バスが来るのかと思いきや、なんか観光仕様の席が立派なバスが来てちょっとびっくり。Fischland行ったときみたい!そうね、行先は一応リゾート地だもんね……。

バスに乗ること約40分。
途中でふと眠ってしまって、目を覚ますと目の前に海が!
あああ、そうだ、しばらくは海沿いに走るんだった。

DSCF7776.JPG

ほどなくしてクリュツに到着。人口3000人ちょっとの、小さな町です。
町のシンボル・聖マリエン教会がすぐ目の前にあったので、さっそく入ってみることに。

DSCF7784.JPG DSCF7782.JPG DSCF7781.JPG 

これまで見たれんが造りのバロック様式教会の中では、一番質素な感じがした。静謐に包まれた空間。祈りの場。
ロストックの聖ペトリ教会も煌びやか!という感じの教会ではないんだけれど、こちらのほうがもっともっと、落ち着いている。ステンドグラスも最小限だし、絵画も、正面の磔刑像以外は見当たらなかった。

さっそく毒されているわけではないけれど、Jerichowに登場するペトリ教会ってこんな感じだったんじゃないかな、と思った。すとん、と収まった気がする。実写版Jahrestageのペトリ教会にすごくよく似ている、というのもあるかもしれない。(まさかとは思うけれどここで撮影していないよね……)


教会を後にして、ヨーンゾン文学館を目指す。なんとインフォメーションも兼ねているので、すぐに見つかるはず……見つかりますように。ひとまず、先へと続く坂道を下りてみる。

DSCF7785.JPG

途中で見かけた建物の壁に、クリュツの紋章。きゅーと!

坂を下りると、すぐ目の前にウーヴェ・ヨーンゾン文学館がありました。

DSCF7786.JPGDSCF7787.JPGドイツでは数少ない、「作家の生家ではない文学館」なのだそうです。前述したようにイェーリヒョーとクリュツを重ね合わせ、主人公ゲジーネの母方の一族パーペンブロック家の住処を彷彿とさせる納屋をリフォーム、2006年に文学館としてオープンしました。
ロゴがね、とってもすてき。若かりしころヨーンゾンと、トレードマークのパイプのシルエット。

さっそく中に入ってみると、いかにもインフォメーションという感じでちょっと面白かった。図書館も入っているし、朗読会が行われたりもするようで、文化的生活の中心みたいな役割を果たしているのかも。

入場料を払って、常設展示コーナーに移動。

DSCF7788.JPG

図書館のコーナー。
ヨーンゾンの写真を使って「UWE JOHNSON」の文字が。

DSCF7790.JPG 

展示室はこんな感じ。
ヨーンゾンの著作や、彼に関するパネルが展示されています。
あんまり時間がなかったので、出典をまずチェックして、家にある文献が載っているパネルはスルー。読んだことのない記事はがんばってデジカメで撮影。ベルリンに行ったら国会図書館で古い新聞記事に当たりたい。

DSCF7799.JPGDSCF7804.JPGミスタ・ヨーンゾン。日本の独文会でたまに「おじーさん」と呼ばれたりしていますが、これでも40代です。(49歳で亡くなっているので、どんなに老けて見えても40代)
気難しがりやなひとだったみたいですが、なかなか渋めの美形じゃない?と思っております。若かりしころはイケメンですよ!

DSCF7820.JPGDSCF7813.JPGJahrestage(初版)の表紙と、New York Timesの記事。初版はデザインがすてきなので、実はちょっとほしい。ゼミの仲間が持っていてうらやましかったなあ。ペーパーバックはコンパクトで持ち運びしやすいけどその分味気ない。

インタビュー番組と、ヨーンゾンの短編を基にしたショート・フィルム(以前、講演にゲストとして登場した脚本家の処女作)を見ることのできる一角もありました。ショート・フィルムはほかで見ることができないみたいなので、貴重かも。

DSCF7822.JPG DSCF7823.JPG

せっかくなのでイケメン・ヨーンゾンもどうぞ。
一番上、一番下の写真がシルエットに近いかな。

DSCF7824.JPGちなみに、ここの受け付けの方はとても親切で、道を尋ねたらちゃんと教えてくれた。さすがインフォメーション。
ヨーンゾン関係のショップも併設されていて(といっても、受け付けのひとがぜーんぶ兼任)、本が並べてありました。残念、全部持ってる……。

帰り際になりますが、外に展示されていた「ヨーンゾン・シルエット入りのポスター」がすてきで、思わずお持ち帰りすることに。問題は、どうやってこれをベルリン(ひいては日本)まで綺麗に運ぶかということ。郵便局で筒状のケース買うか。送らないけど。


さて、ここから海水浴場ボルテンハーゲンに移動します!
バスは一時間に一本しか走っていないので、ここは歩きです。ゲジーネもイェーリヒョーからランデまで歩いていたんだな!と想像しながらの歩きです。

今日はコロキウムの仲間と突発的にご飯を食べに行ってきました。
4月下旬、コロキウムが開かれる部屋が見つからず、廃校の前を一緒にうろうろしていたひとです。 → エントリ「教室がない

ロシアの大学を卒業し、ドイツの大学に正規入学をしたV氏。
せっかく迷ったのも縁(?)だし、いろいろお話したいなあ、と思っていたのですが、隔週で開かれるはずのコロキアムが連続休講になり、なかなかお話する機会がなかったのと、いわゆる「最終回」を迎えることなく夏季休暇に突入してしまったため、別れのあいさつすらできない始末だった。

ものすごく今更感があったけれど、先日「お茶かビールでもどう?」とお誘いのメールを送ってみた。
メールアドレスは大学のサーバーから「時間割→コロキウム→参加者→メールアドレス」を探し当てた。意外なところで役に立った!

そしたら今日返事がきて、その後電話で日程の打ち合わせ。
お互いにスケジュールが密な感じだったので、「今日ヒマ?じゃあ今日行く?」という流れに。

お米研ぐ前でよかったあ。

夜9時に待ち合わせ。
中心街のカフェで、ちょっと遅めのご飯を食べることに。
……というか、相手は夕食をすませて来ていたので(そりゃあ9時待ち合わせじゃあさすがにご飯食べてくるよねえ)、ご飯を食べていたのはわたしだけだけれど。

まったりおしゃべり。

ロシア育ちの彼にしてみれば、ロストックの道はかなり狭いらしい。
「ロストックが狭いと思うなら東京に来なよ、きっとロストックひろーい!って思えるようになるよ」と言ってみた。

サンクト・ペテルブルクは世界で一番うつくしい場所らしい。
ロシアは未知の領域だなあ。「ひとりでロシアに行く勇気がない」と言ったら「さすがにひとりはおすすめしない」と言われた。モスクワでもロシア語以外の言語は通じないらしい、ひええ。

『エフゲニー・オネーギン』翻訳で読んだよ、と言ったら仰天された。
ロシア文学が日本で読まれていることがとても意外だったらしい。そういうものなのかなあ。あれか、日本人がドイツ人以上にヘッセとか読んでいるのと似たようなものか。


また今後も連絡を取りましょうー、ということで解散。
思い切って声をかけてよかったなあ。

ロストックからベルリン、家探し体験記。
参考になるかどうかわかりませんが、7月下旬~8月上旬、「こんな感じで家を探したよ」という記録です。

今回、1年間でふたつの街に滞在するという荒技に出たので、ロストックにいる間にベルリンで家を探す必要がありました。

現在の住居(寮)は、日本にいるときに手配したお部屋です。
ロストック大学は留学生に対して寮の手配を優先的にしてくれるわけではないので、入居できるかどうかの保証もなかったのですが、第一希望として出した寮が2月に新設されたばかりということもあって、幸いにもお部屋を確保することができました。
ワンルーム、家具つきのアパートメント。「お子さんにささやかなぜいたくを」というのがウリらしく(つまり親のサポートが前提)、家賃はドイツにしては高め。寮としては、たぶんハイクラス。とはいえ、住居が決まらないまま日本を発つのは不安だったし、実際に立地条件がものすごくいいことを考えると、まあこんなものかなと思います。(家賃に光熱費が入っていないので、退去時にメーターの確認をするのが今からおそろしい……)

散々ブログに書いていますがかなりの安普請で、しょっちゅうあちこち壊れていますが、もうネタと割り切っています。壁にあっさり穴は開くし(開けたのはわたしだけど)、水道は緩むしバスルームのドアも閉まらないし(ドアは破損扱いになって弁償対象に……)、バスルームのタイルが割れた(気がついたら勝手に割れていた)。管理人さんに声をかければタダで直してもらえるので、まあ、いいんだけれど。


10月からベルリン・フンボルト大学に通うことが決まったのは、7月半ば。
当初は「9月に入ったら探せばいいやー」とものすごく呑気に構えていたのですが、周囲の人間にこぞって「なにばかなことを言っているんだ!」と怒られました。10月は新1年生が入ってくるのだから、9月なんかに探しはじめたら完全に出遅れるよ、と。

そりゃないよ!と、慌てて気を引きしめる。本格的に部屋を探しはじめたのは7月下旬。ベルリン在住経験、家探し経験のあるお友達や先輩方にアドバイスをいただき、手探りでスタート。


主に使ったのは、以下のドイツ語サイト。
個人と個人の貸し借りになるので、不動産屋さんに仲介手数料を払う必要がありません。(不動産屋さんに任せると家賃2、3カ月分の仲介料が発生するので、最後の手段に)ドイツでは学生同士の家の又貸しも一般的に行われています。

 WG-Gesucht.de http://www.wg-gesucht.de/
 STUDENTEN-WG.de http://www.studenten-wg.de/

まずは条件を絞り込むところからはじめました。

WG(Wohngemeinschaft、ルームシェア)よりは一人部屋がよかったので、「1-Zimmer-Wohnung」(ワンルーム)のカテゴリを選択。
今の部屋は9月末まで借りているので、できればぎりぎりまでロストックにいたい。でも10月1日までにはベルリンで住民登録を済ませていないといけないので、入居時期は「9月末」に設定。半年間の生活のために家具をそろえるのも面倒なので、条件に「家具つき」を加える。これだけでかなり限定してしまっているので、当然、選択肢がものすごく狭くなる。(それでも物件があるのは大都市ベルリンだからで、同様の検索をロストックで行うとヒット件数が0になる)
物件の紹介文を読むと、「全期間借りられる人のみ」「期間の一部でもOK」「期間を多少前後しても可」という一文が加えられていることもある。たまに「期間が前後してもOK」というケースもあるので、入居時期を「9月1日~10月1日」に設定、「家具つき」と「一部の家具つき」の2通りで検索をかけてみる。そうすると一気に選択肢が広がるので、新しい掲示から順に、来年3月まで入居が可能な物件をひとつずつチェックしていく。

WG-Gesucht.deとSTUDENTEN-WG.deは大手サイトなので、情報が重複していることも多いのですが、たまに「片方のみ」にしか掲載されていない物件があるので、両方チェックするのがオススメ。
STUDENTEN-WG.deのほうは家賃がKalt(光熱費なし)で表示されており、あ、割と安い?と思っても雑費+光熱費で更に100ユーロ以上かかる場合があったので、ここは要注意。物件の写真も(別のページで指定しない限り)載っていないので、サイト上からは部屋のイメージがつかめません。(この辺は家主さんと交渉の余地があるかも)


その他、便利だよと言われたのは、mixiのコミュニティ。

 mixi www.mixi.jp

ドイツ留学、ドイツひとり暮らし、ベルリン関連の掲示板にも片っぱしから「お部屋探しています情報」を書き込みましたが、2名の方から物件の情報をいただきました。そのうちひとつはWGでしたが、条件がかなりよかったので、最後まで検討していました。
日本人からお部屋を借りることができるので、不安が少し和らぐかもしれません。日本にいながらお部屋を探すひとにも最適かと。

日本人ネットワークはあなどれません。
そのほか、こちらも並行して利用。(下2つはベルリン限定)

 ドイツ掲示板 http://ger.mixb.net/
 あっとベルリン http://www.atberlin.net/
 べるりんねっと789 http://www.berlinnet789.de/


競争相手は多いのだからいろんな物件を見るのが大事、と言われていたので、気になった物件には片っぱしから連絡をしてみました。
希望(「9月の末から3月の頭、もしくは中旬まで借りたいんだけれど、可能?」など)を細かく書いたせいか、返事が来ないことが多かった。あるいは、「ごめんね、もう借り手が見つかっちゃったんだ」とか。話し合いは進んだけれど、「また連絡するね」と言ったきり音信不通になったひともいた。「よくあること」らしいです。まあ縁がなかったんだなと割り切って、さくっと次に移る。

海外留学で半年、1年間家を空ける予定のひとはそれなりにいるけれど、できることなら全期間借りてほしい!というのは当然の希望だと思うのです。それをわかった上で、こちらもあえてわがままを言ってみる。
それでも中にはフレキシブルに対応するよ!という人もいて、インタビューまでこぎつけることもできました。多くコンタクトを取れば、それだけ多くのチャンスも生まれると実感。

コンタクトが取れたら、できるだけ早い時期に下見に行って、「借りたい!」という意思を示すことが大切、というアドバイスを受けていたので、「下見OK」のサインが出た場合はすぐにベルリンに行くようにしました。往復5時間強。家探しが長期化したら厄介だなと思いましたが、ベルリンの街を散策して気になっている地区をチェックしたり、ベルリン在住の友人に会ったり、半分くらい観光気分で楽しんできました。


しかし最終的に決まった家は上記のサイトで見つけたものではなく、大学の掲示板に掲載されていた物件。それも自分ではなく、FUに通っている友達が見つけてくれました。大学に気軽に行ける距離ではなかったので、完全に穴場。
「こんな物件があったよ」と連絡をもらって、それがかなりいい条件だったので即座に家主に電話。すぐさまベルリン行きを決行しました。「ここに住みたいと思ったら、君にこの家を貸すよ」と言ってもらえて、とんとんとおうちが決定。それまでの格闘がうそのよう。巡り合わせがものすごくよかったんだと思います。

メールは手軽でいいけれど、気になる物件なら電話で直接話をしたほうがスムーズに行くな、と最後の最後に思った。ロストック-ベルリンは日帰りで行けるけど決して近くはないし、まずは電話で心行くまでお互いの希望を伝えあってから下見をしたほうが効率がいい。
実際、STUDENTEN-WG.deに掲載されていた物件(写真なし)の下見をしたときは、想像していたものとはだいぶ違っていてびっくりしました。まず「すてきな部屋です」的な文句に騙されてはいけない……。


そんな感じで見つけた、次のおうち。

来週からいよいよ新居での生活がスタートします。又貸しなので、家主が帰って来たときにショックを受けないよう、大事に大事に住まないと。……少なくとも、今みたいな欠陥住宅ではないに違いない。うん。

相変わらず胃は引き攣っています。
夜になるとちょっとしんどい……。

今日は東京の下宿先(ややこしいですがnot実家、母方の伯母さんち)で伯父さん・伯母さんの還暦パーティーが開かれるということだったので、タイミングを見計らって家に電話しました。(従妹のなおちゃんの協力に感謝!)
母方三姉妹(YuN母とその姉2人)およびその家族が集合、総勢9名集まった模様。にぎやかー。ひさしぶりに親戚の声を聞きました。

そういえば、わたしがドイツに行く前にもこうしてみんなで集まって、歓送会を開いてくれたんだった。

ドイツに来てからの5カ月半、「日本に戻りたい」的なホームシックには一度も駆られなかったけれど、今日はちょっとしんみりしてしまった……。

なんだろう、夏休みに日本に一時帰国して、ドイツに帰る日がやってきたときの感覚になんとなく似ている気がする。……そういえば小学校のとき、親戚一同と別れるのがさみしくて大泣きしたなあ。(当時はおとやんの会社の規定に沿って3年に一度しか帰国しなかった)


殺風景な部屋にひとり、外はなんかどんよりしていて寒い。
ちょっとさみしくなった秋の日。


しかしみんな元気そうでよかった。

かれんだー

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YuN


ドイツ生まれ、ドイツ育ちの「なんとなく日本人」。根っからのラインラントっこ。

日本の大学院で現代ドイツ文学を勉強中。ただいま、ドイツにて「しゅっちょう」修行の旅の途中。今やすっかりメクレンブルクの空と大地と海に心を奪われています。
夢は、日本とドイツをつなぐ「ことばや」さんになること。

深刻になりすぎず、でも真剣に。
こつこつ、しっかり、マイペース。がんばりすぎない程度にがんばります。

2010年4月-9月までロストック(メクレンブルク・フォアポンメルン州)、10月-2011年3月までベルリンに滞在。再度ドイツに留学することが、今後の目標のひとつ。

ぽつぽつと、不定期的に過去の日記を埋めていきます。


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